石川誠二の診断士日記

中小企業診断士の雑記帳です

読書日記(5) キスカ島奇跡の撤退

新潮文庫 将口泰浩さんの著書です。サブタイトルは木村昌福の生涯。

 あるテレビ番組でリーダーシップに関して論じられている時、海軍中将木村昌福の名前が出て興味を持ったので買い求めてみました。この方の名前が残っているのは「この人が司令官だったから命が助かった」と思っている人が多いからでしょう。「常に諸子の先頭にあらん」と部下を鼓舞し続けた陸軍の栗林忠道大将とは別のタイプのリーダーです。

 キスカ島からの撤退作戦に関しては、だいぶ前ですがそれを題材にした映画も見たことがあるので、多少の事前知識はありました。ご存知の方も多いかもしれません。

 以下、私の忘備録として感じたことと共に書いていきます。

そもそもキスカ島は隣のアッツ島と共にアリューシャン列島に位置し、その占領作戦はミッドウエイ作戦の陽動として計画され、実施されました。但し、占領したのは昭和17年6月8日で、ミッドウエイ作戦が大失敗に終わった昭和17年6月5日の後です。つまり、そもそも占領する必要は全くなかったのです。そして米軍の反攻が始まり、まず、アッツ島が全滅(昭和18年5月29日)。米軍はキスカ島周辺までに迫り、5000名を超える兵がいたキスカ島は完全に孤立しました。さすがに見捨てる訳にもいかず、撤退作戦が立案されました。木村は小回りが利く駆逐艦軽巡洋艦のみからなる艦隊の司令官に任命され作戦の指揮を執ります。まともに米軍とぶつかったらひとたまりもない戦力差。唯一の味方はアリューシャン列島特有の霧だけ。1回目の救出作戦はキスカの気象班からいつでも来てください、と言わんばかりの気象予測の入電がありました。上層部も当然突入すると考えていましたが、霧があっても近くに米軍がいた、海が時化た、霧が薄い、といった日が続き、7月15日、

「帰ろう、帰ればまた来ることができる」

という言葉を残して帰ってしまいました。海軍上層部は陸軍の手前もあり、大いに不満を持ったようです。どうやら上層部は完全な成功など望むべくもない、ともかく突入して少しでも兵を引き上げられれば形はつくのだ、と考えていたようです。

 そして2回目の救出作戦、米軍がレーダーに映った他の島の反射信号を日本の艦隊と勘違いし、一斉射撃を行ったあと補給地点まで引き上げたのがたまたま突入予定の7月29日。偶然です。本書に記載はありませんが木村は米軍が引き上げていることを知らなかったでしょう。霧にも恵まれうまく突入し、キスカ滞在僅か55分で5200名を8隻の船に乗せ帰還しました。残してきたのは犬3匹。この3匹はのちに上陸した米軍の捕虜?となりました。5200名もの人員をあっという間に収容できたのは、当のキスカの守備兵たちの規律の高さもあったのでしょうが、木村が陸軍兵に歩兵銃を捨てさせたことも大きいようです。現代では避難の際は身一つで、は当たり前ですが、当時、菊の御紋がついた銃を海に捨てさせるというのは、ちょっと他の司令官ではできなかったのでは、と筆者の将口氏も書いています。

 木村にとってこのキスカからの撤退作戦を慎重にさせた伏線となった戦いがありました。第八十一号作戦、俗にダンピールの悲劇と呼ばれたラバウルからニューギニアに陸軍の兵6900名余を輸送する作戦です。事前の航空機による支援が不十分なことが分かっていてたにも関わらず作戦会議が開かれ実施を決定、そして木村が着任したのは作戦会議の後です。司令官不在で実施が決定され、「これをやれ」ではどうにもなりません。陸軍の兵士3000名の命と輸送船8隻、駆逐艦4隻を失う惨敗でした(昭和18年3月3日)。木村は腹部に被弾するも指揮を続け、海に漂う兵士を捜索しましたが、燃料不足の心配もあり、救助作業は打ち切らざるを得なかったようです。

 こうした体験を持つ木村にとって、キスカではダンピールの悲劇だけは繰り返したくなかった、という思いが強かったのでしょう。

 冒頭のテレビ番組で紹介された話は、ダンピールの悲劇より前、ガダルカナルでの戦いでの逸話です。その話も本書に詳しく書かれています。木村は鈴谷という巡洋艦を船長として指揮していました。昭和17年10月26日、敵機が左右から魚雷を投下し、どうにも逃げられません。舵を任されていた航海長が思わず木村の顔を見ました。木村は一言

「真っ直ぐに行け」

幸い魚雷はそれたり、不発に終わって難を逃れました。運が良かっただけ、という言い方もできるかもしれません。しかし、こうした自分の力だけではもうどうにもならない状況で見せる態度、部下との心のつながりこそが真のリーダーシップなのかもしれません。多分私が同じことを言っても、

それたからいいようなものの、土壇場でいい加減なこと言いやがって

と言われて御終いのような気がします。形だけ、言葉だけ真似してもダメですね。